夢の終わりに

第 2 話


表通りに出る前に、連れの少年は手にしていた帽子とコートを手早く身につけた。
そうだ、こいつは外出時には必ずつばが大きい帽子を深くかぶり、サイズが大きいコートを着ている。そうでもしないとこの容姿のせいで、その辺の男女が引き寄せられてしまうのだ。
連れの名前はルルーシュ。どのぐらい美形かと言えば、顔を晒して歩けばナンパ男とナンパ女を量産してしまうレベルだ。ナンパ男も?と思うかもしれないが、これだけ美人だと、男も余裕で寄ってくる。嫌なぐらい寄ってくる。マンガなんかで、美形に人が群がる誇張表現があるが、あれを現実で目にするとは思わなかった。遠巻きにジロジロと見ている分にはいいが、今いる国は美人にナンパしないなんてありえない!というお国柄だから特にヤバイ。
それさえ無ければ、俺だったら余裕で顔を晒して歩いて、かわいい女の子と仲良くなりたいところだが、でもまあ、男どもに襲われるリスクを考えると、このぐらいの変装をしなければ安心して歩く事も出来ない。
前髪も下ろし、目元もできる限り隠すと、美形とは到底思えない姿になる。うん、完璧。と伝えると、表通りに出、ルルーシュと並んで歩いた。野暮ったい服装のルルーシュと、ぱっとしないおっさんに目を向ける人間はそういない。
そこまでする必要があるのか?意識し過ぎだろう。モテ男の嫌味か?と思う者もいるかもしれないが、正直これでも心配なぐらいだ。
そもそも俺達とルルーシュの出会いは衝撃的な物だった。
なにせ10人近い男に組み敷かれているルルーシュを見つけ、助け出したのだ。いや、あれには驚いた、本気で驚いた。たまたま宿を探していた先で何やら不穏な声が聞こえて、慌てて見に行けば、こいつが男たちに襲われている現場に出くわしたんだから、驚かない方がおかしい。現実でこんな事あるのかって場面だ。少なくとも、長い人生でそんな現場出くわしたのは初めてだった。
あ、違うぞ?勘違いするなよ?あいつは無事だった。
更に言うなら余計なお世話だった。
こっちはもう必死になって助け出したんだけど、ルルーシュの方が上手で、俺たちが助けたのはルルーシュじゃなく、襲っていた男たちというおかしな状況になった。
だって、普通想像もしないだろ。
ルルーシュの靴や、身につけている腕時計がスタンガンのような電流を流せるなんてさ。しかも自分で改造して、気絶どころかショック死させかねない威力のものにしてるなんて、聞いた時には鳥肌がたった。その時ルルーシュが手に握っていたペンも、その先端を相手に当てればそれだけで、バチッ!ビリ!バタンキュウ!って威力のスタンガン。他にも指輪やベルトや何やらにヤバイものを仕掛けてるらしいが、少なくとも両手両足に殺傷能力のある武器があり、全員をできるだけ簡単にヤレるタイミングを図っていたんだって言うんだから恐ろしい。
ルルーシュ曰く、襲ってくる連中の大半は手慣れていて、間違いなく他に被害者がいる。ここで野放しにすれば次の被害者が出る事は確定している。自分がその手の人間に絡まれやすいと知っているから、自分を囮にして一網打尽にしていたのだという。襲う時は必ず至近距離まで来るから、その時に一気にしとめるのだとか。成功率100%だと、自信満々に言い切ったあの時のルルーシュは本当に恐ろしかった。・・・今考えても恐ろしい。
人を殺せる威力を秘めた靴底で、男の象徴を電力を込めて踏み潰すまでがセットらしく、それって男としての人生終了って事だよな?ってちょっとだけ犯人たちに同情した。いや、そもそもそういう事をするから不能になったんだし、同情するのはおかしいんだが。でもまあ、本当に怖気が立つほど恐ろしいかったのは、あの当時のルルーシュの考え方の方だったけど。あれは心臓が止まるかと思ったものだ。それは話が長くなるから今は割合する。
当然今もルルーシュは全身に防犯グッズを身につけているのは言うまでも無い。
そうやって最近の若者の怖さを再確認しつつ、目的の場所まで移動した。そうそう、ここに来るのが目的だったんだと思いだす。

「へー!すげー賑やかじゃん!」

この町いちばんの大きい公園内には人・人・人。例年この時期に開催されているというお祭りに、地元の人だけではなく観光客も押し寄せ、予想をはるかに上回る混雑となっていた。

「すげーな、この中から見つけられるのかな?」
「大丈夫だろう?あいつは目立つからな」

俺たちは人の波に乗り、公園内を進んでいった。
至る所で行われている芸人達の高度な技に、まるで子供のようにワクワクし、思わず立ち止まっては見入ってしまう。
そう、これはただの祭りではない。出店ももちろんあるがメインは別。人の手で作り出された技術と幻想に浸れる空間、今日から3日間この公園でパントマイムショーが開催されているのだ。あちこちから上がる歓声だけで胸が躍る。ああ、楽しい。そう、これは楽しい。テンションが上がる。こんな感情久しぶりで、だからこそ存分に味わい尽くしたいと貪欲になる。もちろんこの人ごみでルルーシュとはぐれ、探すだけで時間を費やすなんて馬鹿な事はしたくないので、しっかりコートの裾は掴んでいる。皺になるし引っ張られて嫌そうだが、リヴァルが迷子になったら大変だから仕方がないかと呆れたように言われた。何これ。俺、未成年に心配されてる?とちょっとだけ凹む。でもそんな気持ちも、周りを見れば一瞬で吹き飛んだ。

「うわ!?ちょ、見たか今の!?何?何が起きたんだ!?」
「ああ、今のはなかなかだな、恐らくは・・・」
「いい!解説はいい!ネタばれ厳禁!いや、禁止!俺は純粋に驚いて楽しめればそれでいいんだから!」
「そうか?まあ、そういう物か」

そう言いながら、地面に置かれていたケースにコインを数枚いれた。
ちゃりんと金属がぶつかる音が聞こえる。
これは彼らの収入源。
だから俺も、もちろんお金を入れる。
金額は少ないが、楽しかった、ありがとう!という思いを込めて。
頭のいいルルーシュは、ちょっと珍しい物が催されていてもそのトリックをあっさりと見抜いてしまう。あー、言われてみればそうか、簡単じゃんって思うのは、折角の祀りの空気を台無しにしてしまう。
実際に体を張ったシューもあれば、手品のショーもあるのだから、俺たちだけならともかく近くにいる人にネタばれが聞こえたらかわいそうだ。そんなネタばれが一瞬で頭に浮かぶルルーシュは可哀そうだと思う。無知でいればこんなにドキドキしてワクワクするのに、本当にもったいない。そんな事を考えながら先へ先へと進むと、今まで見た事がないほどの黒山の人だかりを見つけた。

「あれじゃないか?」
「え?まさかぁ。流石にあの人だかりは無いでしょ」
「あいつは目立つし、こういう場では特に映えるからな、あの位集まっていても何もおかしくは無い。行くぞ」

あの人だかりの奥を見るって、ものすごく大変じゃないの?
うわー、行きたくないなぁと思いはするが、そもそもそれを見に来たんだし、はぐれたら困ると、ルルーシュにぴったりくっつく形で移動する。
万が一帽子がとれて顔が丸見えになったら、それはそれでまた大変なことになる。だから絶対にはぐれる訳に行かないし、ひょろっこいルルーシュが人波に負けないよう、後ろから支えなければならない。今の俺はさしずめ重要人物を護るSPだ。
芸を見終わった人たちが前列からはけていき、徐々に前へと進んでいく。ようやく開けた視界のその先には、もう一人の同行者の姿があった。

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